原麻里子 アナウンサー、社会人類学者、慶大講師、元テレビ朝日アナウンサー、元BBCワールドサービスプロデューサー、ケンブリッジ大学院論文修士 info@haramariko.com twitter id @haramariko
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アリランテレビ(テレビ国際放送)

スタッフに重要なのは英語力

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 アリランテレビは韓国のテレビ国際放送であるが、広告を含む全番組が英語放送、または英語の字幕つき放送でなされている。 そのため、記者・プロデューサーは英語が流暢のみならず、韓国語も出来なければ、韓国で取材して英語で番組やニュースを制作できない。

 私は報道センターを訪ねた。ニュース番組はアナウンサーがリードのコメントを読み、記者がリポートする欧米スタイルで、ニュースの制作も、記者が原稿執筆、映像編集、ニュースコメントの録音まで一人で行う。記者各人の英語力が問われる。

 報道センターでは、原稿を校正する米国人二人を除いて、全て韓国人か韓国系の外国人。ほぼ全員が海外で勉強した経験がある。編集デスクは四人。記者十九人の内、女性十六人、男性三人。フロアを見ると、若い女性の姿しか見えないといっていいほどである。女性記者の多くは二十代である。この他、アナウンサー三人とキャスター(編集デスク兼務)がいる。アナウンサーとキャスターは記者の中から希望者がオーディションを受けて選抜されるが、その際、重要視されるのは優雅に英語を話す力。そのため、記者よりも海外在住経験の長い人が多い傾向があり、現在、全員が女性。

編集デスクは記者に女性が多い理由について、女性は男性よりも職業的技術が優れているという。記者の入社試験は時事問題、英語を簡潔に論理的に書く能力、英語を優雅に話すこと、そして、カメラテスト。英語は正しいアクセントで正しい文法で話さなければ、その人の話していることが権威がなく聞こえてしまう。入社後、新人に英語のアナウンスの訓練はしないので、優雅な英語を話す人の採用が重要視されるのはよく分る。ブリティッシュ・アクセント、アメリカン・アクセントのどちらの人もいる。b0048021_14111290.jpg
 2007年度の採用には応募者60人の内、男性は7-8人で、最終的に、女性2人が入社した。採用の際、女性か男性かと考慮する余裕がなく、優秀な人を選ぶと女性になるという。実は、アリランの給料は少なく、英語の能力が高い優秀な男性は高給な金融関係などへ就職するからという人もいる。

(左 英国の教育のある人が話す完璧なReceived Pronouncitonでニュースを読むニュース・リーダー)


 話は元へ戻るが、報道センターでは、 これだけの人数で、平日一日5回の定時ニュース(7時、12時、16時、19時、メインニュースの22時)のほか、週末のニュース、毎週1回放送される、外交問題番組「Diplomacy Program」、バラティーニュースの「Korea Today」、時事問題番組「In Focus」も制作している。スタッフたちはかなり多忙なようだ。

 番組制作部門でもプロデューサーは英語が必要で、15人のプロデューサーの内90%以上が留学しているという。かつて、英語を流暢に話す人を探すのは困難だったが、今は、英語の上手な若者が帰国するようになったので、状況は大分良くなってきたという。しかし、元制作部長は「一番の悩みは言葉で、英語で感情まで伝えるのは非常に難しい」という。

 こちらも女性が活躍していて、今は、プロデューサーの70%が男性で、アシスタント・プロデューサーの約70%が女性であるが、このまま行けば、将来は、女性プロデューサーの方が多くなるという。

8月1日発行の「月刊民放」に、拙稿「韓国の価値観と文化を世界へー「アリランテレビ」と「KBS WORLD TV」」が掲載されています。

無断転載を禁じます。 原麻里子

# by anthropologist | 2007-08-03 15:22 | マスメディア

「アリランテレビ」と「KBS WORLD TV」

8月1日発行の「月刊民放」に、韓国の国際テレビ放送に関する拙稿が掲載されています。ゴールデン・ウィークに韓国に取材に行ってきました。

論文のタイトルは、

韓国の価値観と文化を世界へー「アリランテレビ」と「KBS WORLD TV」

です。   取材こぼれ話をブログに掲載しました。


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# by anthropologist | 2007-08-01 09:37 | マスメディア

ケンブリッジは大学町


 ケンブリッジはロンドン北東部約100キロにある大学町である。英国人はローマ人が定着した街を大変自慢にする。ケンブリッジも、AD70年から5世紀初めまで、ローマ人が住み着いた。ケンブリッジは重要な交通の要で市場があった。ローマ人の後は、アングル(アングロサクソン)人、デーン人、ノルマン人が移住してきた。そして、1109年、ケンブリッジは16マイル(約26キロ)離れたイーリー司教の管轄下に置かれ、1200年までに商業の中心地になっていた。

ロンドンのキングス・クロス駅からケンブリッジ駅まではノンストップの急行で1時間弱。シティのリバプール・ストリート駅からも列車が出ているが、急行で1時間20-30分位である。ロンドンの通勤圏内ともいえるので、ロンドンへ通勤する人もいる。車ではロンドンからM25かM11 で1時間30分である。

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ケンブリッジは大学町でありキャンパスはない。ある特定の建物や区域が大学というのではなく、大学の施設は街中に散在して、大学と街の間には境界がない。ケンブリッジは、あふれる 樹木に大きな公園があり、そこでは、牛がのんびり草をはみ、カレッジの庭には芝生やテニスコートがある美しいところである。

b0048021_21523684.jpg   英国の建築には、グリーク、ローマン、ゴシック、ネオクラシカル、テューダー、ビクトリアン、ジョージアンなど様々な様式があり、建築の流行が何度も変わってきた。しかし、ケンブリッジのカレッジの建物は何世紀間に渡って次々に建てられたので、様々なスタイルが混在している。建物のデザインに統一性はないが、英国人はこうした方法こそが継続性を示すものであり、伝統があって格が高いと考えるようである。しかも、英国人は新しいものが好きな上に美しさに囚われてはいけないと思っているということもあり、デザインが醜くともかまわまず、新しいスタイルの建物を建てる。例えば、歴史学部の図書館はピラミッドのようなガラス張りの天井を有する建物である。しかし、私が留学中には、そのガラスの外側の屋根の掃除をすることが出来ずに、その掃除案を募っているとも聞いた。

学部や学科・研究所の建物は現代のものが多く、所謂歴史があって荘厳・素晴らしいとはいうようなものではない。私は自らが所属した社会人類学科を初めて訪れたとき、これが世界に冠たるケンブリッジの社会人類学科かと思うほど、建物の小さな一角を占めているだけであった。

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       (社会人類学科の建物前で同級生と)

写真でよく見られるケンブリッジの荘厳な建築の多くはカレッジ所有である。美しい建物と醜悪な建物が入り混じっているのがケンブリッジである。しかし、どのカレッジも工事をしているのが常というのは不思議である。カレッジが、建物を修理する際には、日本のように、予算を組んで大修繕するのではなく、継続的に少しずつする。従って、古いカレッジはいつも工事中ということになる。

尚、ケンブリッジ大学の学長はエリザべス女王の夫君であるエディンバラ公、ヴァイス・チャンセラー(Vice Chancellor)と呼ばれる副学長はアリソン・リチャード博士(Dr. Alison Richard)で、彼女が実質的な学長である。

無断転載を禁じます。 原 麻里子

# by anthropologist | 2007-07-28 11:03 | ケンブリッジ大学

陣内やすこ議員の八王子市議会レポート

 7月27日、論文のための調査中にお目にかかった八王子市議会の陣内やすこ議員から『八王子市議会レポート』No.29(2007年7月20日)を送って頂きました。陣内議員は無所属市民派の議員です。

 陣内議員は自治体議会改革フォーラムの公約「自由に討議する議会、市民も参加できる議会、透明性のある議会」を目指すと書いているだけあり、このリポートは読み手が市政に参加できるという気持ちを持たせるように、実に、バランスよく、よく出来ているなと思いました。

 今、参議院議員選挙が大変話題になっていますが、それでも、私の周りの女性の中には「自分の一票で政治は変わるの?」という人がいます。マスメディアで一票の重要さを強く訴えても、人々の心には届かないのかしらと、女性の政治参画を進めるためにはどうしたら良いのかという問題を考えている私はがっかりしてしまいます。そして、選挙のときだけではなく、普段から、人々の政治参画への意識を向上させることを考える必要があるのだと痛感しています。

 この陣内やす子議員のリポートは、そうした人たちへの政治参画教育も押し付けがましくなく行っているようです。勿論、陣内議員が無所属で党に所属していないので、党の方針に従わなくてはいけないということはないということもあるでしょう。

 都心区の住民である私には多摩地区は市民運動が盛んという印象が強いです。これまで、私の地元の区議からもこの種の区議会報告が私にも送られてきましたが、それに比べると、いかにも、多摩地区らしい議会レポートとも思いました。

# by anthropologist | 2007-07-27 20:53 | 女性と政治

ロンドン南部に「ブルガリア人の溜まり場」をつくったBBCのテオ叔父さん

 マルコフ毒殺事件の話をするならば、私はテオことトドール・リルコフ氏について語らないわけにはいかない。アナベル・マルコフ夫人は、「マルコフが攻撃を受けたあと、BBCに出社したが、そのとき、一番最初にマルコフが会ったのがテオだ」と話した。そして、アナベルは私たちにテオに会って話を聞くように勧めてくれ、その場で電話をしてくれた。テオの家はマルコフの家から歩いて2-3分の距離にあった。1989年の晩秋のことであった。

 私たちはテオのフラットに訪ねた。ほとんど何も物がない部屋に古い洋服ダンスと古いソファが置いてあり、部屋の隅にはビールが積んであった。彼は昼間からウィスキーのビール割を飲み、取材に訪ねた私たちにアルコールを勧めた。

 当時、ブルガリアは共産主義政権下にあったので、当然の如く、初めは、彼は大変怪訝そうで、「マルコフの何について知りたいのだ」といっていた。そして、マルコフの死亡を掲載した古い黄色く変色した新聞記事の切抜きを見せてくれた。しかし、訪ねてきたのが若い東洋人2人で諜報機関とは関係がないと思ったこともあるのであろう。彼はだんだん打ち解けて、初対面の私たちに、非常にレンドリーで、フランクに話をしてくれた。

 私が帰国後、クリスマスカードを出すと、「ナスのお料理をご馳走するから、遊びに来い」などと、BBCで働くブルガリア人の共通の友人を通して何回も誘ってくれたのに、それを実現できずにいた。2002年3月、テオは77歳で亡くなった。彼の訃報を耳にし、再訪を果たせなかった私は本当に後悔した。彼は一回会っただけの人も魅了してしまうチャーミングな人であった。
彼の人となりは、アナベル・マルコフ夫人が、日刊紙「ガーディアン」に、「ロンドン南部にあるブルガリア人の溜まり場の創立者」というタイトルのリュコフの死亡記事で、美しく、ウィットに富んで書いている。

―リルコフは、恐らく、ロンドンにいる全てのブルガリア人に知られていた。クラッパムにある「テオ叔父さん」の家は、いつも空いていて、豆のスープで有名で、そこに滞在した人は決して滞在費を払わず、フラットは修理されていないので、ぼろかった。でも、テオは多くの淋しい移民たちに新しい人生をスタートするための本物の希望を与えた。

 テオは美しいブルガリア語は勿論のこと、英語など3つの外国語を話し料理が大変上手であった。テオは、長年、BBCワールド・サービスのブルガリア語部で働いていた。テオの人生に関する話は伝説的だ。

 彼はブルガリア南東部ブルガス州の街マルコ・タルノヴォ(Malko Tarnovo)に生まれた。マルコ・タルノヴォはウストランジャ山脈の北麓、トルコとの国境近くにあたる。父親は建築資材を供給するビジネスを経営していた。彼は中等学校で勉強したが、時々、聖職者になると言っていた。第二次世界大戦中、テオは連合軍側で戦い負傷した。

 戦後、ブルガリアが共産主義化されたのに伴い、テオはトルコ国境を越えて、ブルガリアから逃げてきた。その結果、彼の家族は家とビジネスを失い、マルコ・タルノヴォを去るように強いられた。長い間、彼の家族は彼が死んだと思っていた。

 テオはトルコ、ギリシア、イタリアの収容所で暮らし、1950年代にオーストラリアへ移民した。そこで、彼はダム建設を助けるプロジェクトで働いたが、交通事故にあってしまう。テオの言葉によれば、「バスが止まらず、私の脚を引っ掛けた」という。テオは右膝から下を失い、補償金を受け取った。60年代初め、彼はそのお金を持って、新しく獲得したオーストラリアパスポートを手にして、ロンドンへ来て家を買った。マルコフ婦人は、これは彼が人生において下した最も賢いお金の使い方であったという。

 その後、ロンドンで、テオはブルガリア移民グループのまさに中心であった。彼のお陰で、彼が住んでいたクラッパムは「ブルガリア人の溜まり場」になった。―

無断転載を禁じます。 原 麻里子

# by anthropologist | 2007-07-25 09:36 | BBC

マルコフ(BBCプロデューサー)毒殺事件2


 「ゲオルギー・マルコフ殺害事件ーブルガリア前共産党政権批判勢力のシンボル」については先日のブログに論文「BBCワールド・サービス」(『ソフィア』)からの抜粋を掲載したが、これは論文に掲載出来なかった部分である。

 ブッシュハウス(BBCワールド・サービス)では東側の反体制派の知識人は数多く働いていたが、その中では、ブルガリア語放送で働いていたジョージ(ゲオルギー)・マルコフ(Georgi Markov)が最も有名であろう。

 マルコフはブルガリアにいた頃は著名な劇作家・小説家であったが、1969年に西側に亡命し、ロンドンに移ってからは、BBCワールド・サービスのブルガリア語放送のみならず、自由ヨーロッパやドイツの放送局のために働いていた。これらの放送の中で、彼はブルガリアの共産党政権を強く批判していた

 マルコフは、特に、当時の指導者であるトドロフ・ジフコフ共産党書記長 の政治を独裁的だと厳しく批判し、マルコフの放送はブルガリアにおける反体制派の活動を鼓舞するものとみなされていた。1970年代に、ジフコフ書記長は閣議会でマルコフのラジオ報道を黙らせたいと語ったといわれる。

 1978年9月7日、マルコフはロンドンのウォータールー・ブリッジのバス停でバスを待っているとき、傘に仕込まれていたリチンを体内に打ち込まれ死亡した。49歳であった。マルコフは、傘が脚に触れたとき、突然、右脚の後ろに激痛が走ったが、オフィスへ夜勤に出かけたという。

 その前に、マルコフに匿名の電話があり、マルコフに毒を盛ると言われていた。そのため、彼は飲食は親しい友人と一緒の時にしかしなかった。しかし、マルコフは傘が身体にぶつかるといったような些細な偶然には、ほとんど気を使わず、そのまま仕事をして帰宅した。翌日夜までに、マルコフは高熱を出し、3日後に亡くなった。

 1989年、私はワールドサービスで働いていた経験を持つ英国人の妻アナベルを訪ねた。ロンドン南部のクラッパムのミドルクラスの住宅街にマルコフ夫人であるアナベルは住んでいた。二人が出会ったのはBBCで二人の間には娘のサーシャがいた。

 マルコフ夫人によると、事件の翌日、職場から戻ったマルコフは、いつもどおり、家族3人で夕食をとった。しかし、食事中、マルコフは気分が悪くなったといって席を立とうとしたが、その場に倒れてしまった。彼は高熱が続き容態は良くならなかったので、翌日、妻はマルコフを病院へ連れて行った。マルコフは急性敗血症と診断され、治療を受けたたものの、病状は好転しなかった。熱は下がらず、血圧は低下、白血球は著しく増加。医師たちには、彼の症状は原因不明であった。自然死に見えたという。

 その後、マルコフ婦人に紹介され、マルコフが薬を体内に注射されて出勤したときに、最初にオフィスでマルコフに会ったテオ・リュコフにインタビューした。二人の家は徒歩で3分位の距離にあり、日頃から、きわめて親しい関係であった。リュコフによると、マルコフは出勤したとき、脚が痛いといっていたという。そして、その事件を記した小さく折りたたんだ赤茶けた新聞記事の切抜きを見せてくれた。(リュコフはブルガリアから亡命してきた人々にとっては、シンボル的存在であり、また、いつか、彼のことについてブログに掲載する。)

 彼の死について調査した病理学者はリチンはすぐに消えてなくなり、病院で調べたときは、リチンによる死は自然死に見えるという。何週間も調査したあと、検視官はマルコフは「非合法的に殺害された」と結論付けた。これはKGBとブルガリアの秘密警察の仕業であると広く信じられてきたが、犯人はだれか分っていなかった。

 マルコフの死と前後して、ブルガリア国営放送の元ラジオ編集者ウラディミール・コストフ氏がパリの地下鉄から出てきたところ、同様のリチン弾丸を発射された。しかし、彼は厚手のウールのカーディガンを着ていたお陰で、毒は彼の皮膚に深く入ることはなく、彼は生き延びた。

1989年に、ブルガリアで共産党政権が倒れた後、大量の改造した傘が内務省で発見された。

無断転載を禁じます。  原 麻里子

# by anthropologist | 2007-07-24 10:13 | BBC

ケンブリッジ大学ー講義中の学生たち


 社会人類学科では、講義中、教員は文献を引用する際には、ここが引用部分であると明確に示す。例えば、[Smith 2002: 48]というように読み上げる。そして、教員によっては、引用文を語るときは、両手を挙げて、人差指と中指を振って、引用文を明確に示していた。学生達は手元にあるリーディングリストを見れば、Smithが 2002年に書いた本か論文の 48ページから引用された文とわかる。予め用意してきたペーパーを読み上げるというような授業をする教員もいた。

 授業を受ける英国人の学生たちは講義内容を完結したセンテンスでノートに書く。日本では、小学生の時に、授業内容を文章でノートを取るのはよくないと習う。ノートを簡潔に上手くまとめるのが頭のよい証拠とされていたが、それとは全く異なる。

 英国の大学教育に関しては、エッセイ、スーパービジョン、プレゼンテーションのみならず、こうした授業のやり方、学生達のノートの取り方からも、教育のあり方の一端がわかる。

  試験の話は別記したが、英国では学生たちはエッセイやセミナールで自分なりのエッセイやペーパーを書くので、講義ノートを丸暗記して、テストを受けるということにはならない。また、それでは、評価が低くなる。

 ところで、9時から始まる1時間目の講義中、私は女子学生がリンゴを齧りながらノートを取っている姿を時々見かけた。社会人類学の2年次以降の授業は、ほぼ全てがセミナールームで行われるが、その部屋は机を置くと、窓辺に座ったりしても、50人位しか座れない。そこでのことである。英国の自由な気風が感じられる。

 私は社会人類学のような文化相対主義的な考え方をする学科だから、古い規範から外れた行動をとる学生も寛容に受け入れられたのかもしれないと思い、他の学部に留学していた人たちにも訊いてみたが、同様なようであった。ただ、古典学を学んだ友人は、講義中にリンゴを齧りながら講義を聴いている学生を見たことはないと云っていた。英国では歴史的に理想的道徳的人間の育成に欠かせないとされてきた古典学を勉強する学生たちだけのことはあるのかもしれない。

 とにかく、授業中、内職や私語をする学生は皆無であった。また、エスケープする学生もいない。勿論、日本のように、授業中、化粧をしている女子学生は皆無。教員が学生の出席を取ることは全くなかった。

無断転載を禁じます。 原 麻里子

# by anthropologist | 2007-07-23 15:29 | ケンブリッジ大学

ケンブリッジ大学の教育 セミナー

 ケンブリッジ大学の文化系の学部では、午前中に講義が行われ、午後にセミナーやスーパービジョンが行われる。昼食後、学生たちはセミナーに出席したりスーパービジョンを受けたりする。

 英国の大学では学生たちは1年次から専門科目を本格的に勉強することになっている。英国では学問は方法を学ぶことであって、知識を集めることではないとされているので、数少ないことを深く学ぶ。そして、学生に問題の発見と解決、論理的に論評する力を養成することを目的にしている。その際、特に重要な役割を果たすのが、セミナーとスーパービジョンとエッセイを書くという能動的な学問である。

 ここでは、M,Philのセミナーの例を挙げよう。まず、最初の時間に学生たちにプレゼンテーションの担当が割り振られる。学生たちはセミナーのシラバスに書かれている問題の中から、各自がなるべく興味のあるものを1問選ぶ。

 学生は与えられた質問について調べ、解答を用意する。重要なことは、各自が何かについてまとめるというのではなく、質問に対して答えるという形で文章にし、それを読み上げる形で発表を行う。自分の考えを文章にまとめることによって、言葉の定義から文の構成といった論理・修辞の訓練、そして、発表者のその問題に対する態度を明らかにすることにもなる。従って、日本のようなグループ発表はなく、すべてが個人発表である。


無断転載を禁じます。 原 麻里子

# by anthropologist | 2007-07-22 11:13 | ケンブリッジ大学

Cambride Express


Cambride Express に、ケンブリッジ在住30年の写真家志村博さんの写真が掲載されています。ケンブリッジ大学の写真も沢山あります!
http://diary.jp.aol.com/ffzuhxwpubbf/

# by anthropologist | 2007-07-20 11:01 | ケンブリッジ大学

BBC時代の元同僚 毎日放送伊東正治元アナ

 
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   (BBC ワールド・サービス 日本語部の部屋で)



インターネットをサーフィンしていたら、私と同時期に、大阪の毎日放送からBBCワールド・サービスに派遣されていた 元アナウンサー伊東正治さんの英国に関するブログ「やっぱりイギリスが好き!英国想い出スケッチ」にBBCのことを書いていらっしゃることを発見しました。伊東正治さんは、今は、ラジオ局編成部長だそうです。

http://www.mbs.jp/announcer/meikan/ana_9/200107.html

# by anthropologist | 2007-07-20 08:16 | BBC